2012/07/17

Re: 言葉を紡ぎだすのが作家の喜び

というエントリーを見つける。

主題は『グレイト・ギャツビー』の第5章、ギャツビーがシャツを投げまくる場面の翻訳についてのコメントなのだけど、正直、これは参った。野崎孝訳、村上春樹訳と比較されるのは、まあ仕方ないとしても、その上でわりと好意的なコメントがつくのはどうしたものだろう。

オレとしてはこの部分の翻訳は全然駄目だと当時から思ってたので、よりによってここを取り上げなくても、という思いは、ある。問題の原文は、こうだ。

He took out a pile of shirts and began throwing them, one by one before us, shirts of sheer linen and thick silk and fine flannel which lost their folds as they fell and covered the table in many colored disarray. While we admired he brought more and the soft rich heap mounted higher - shirts with stripes and scrolls and plaids in coral and apple-green and lavender and faint orange with monograms of Indian blue. Suddenly, with a strained sound, Daisy bent her head into the shirts and began to cry stormily.

"They're such beautiful shirts," she sobbed, her voice muffled in the thick folds. "It makes me sad because I've never seen such - such beautiful shirts before."

で、オレはこう訳している。

ギャツビーはワイシャツの山を取りだし、1枚1枚、ぼくらの目の前に投げ出しはじめた。地味な麻のシャツ、厚いシルクのシャツ、見事なフランネルのシャツが、宙を泳ぎながらその折り目を開き、彩り豊かにテーブルの表面を飾っていく。感嘆しているぼくらを尻目にギャツビーは次々とシャツを投げ、柔らかで贅沢な山はさらに高く伸びる――縞模様や渦巻き模様や格子模様が珊瑚色やら青林檎色やら薄紫色やら淡橙色やらで入り、インディアン・ブルーの糸でイニシャルが刺繍してある。とつぜん、耐えかねたような声をあげたデイジーは、シャツの山に顔を埋め、堰を切ったように泣きはじめた。

「こんなに綺麗なワイシャツなんて」としゃくりあげるデイジーの声はひどくくぐもっていた。「見てると悲しくなってくる。だってわたし、こんな――こんな綺麗なワイシャツ、見たことないんだもの」

野崎訳、村上訳がそれぞれどうなっているかはリンク先でとくとごらんいただくとして。

まず何が駄目かって、「縞模様や渦巻き模様や格子模様が珊瑚色やら青林檎色やら薄紫色やら淡橙色やらで入り、インディアン・ブルーの糸でイニシャルが刺繍してある。」という文章は最悪だ。暴れ馬にふりおとされないようにと無様にしがみついているにすぎない訳し方。「地味な麻のシャツ、厚いシルクのシャツ、見事なフランネルのシャツが、」というのも、ちょっと原文とずれる上にイメージが鮮明でない。

第2段落の訳は、そう悪くないと思うので(というか、そう外しようがないというか)そのまま。ということで、これでどうだろう。

ギャツビーはワイシャツの束を取りだし、11枚、ぼくらの目の前に放り投げはじめた。薄手のリネンのシャツ、厚手のシルクのシャツ、洒落たフランネルのシャツが、宙を泳ぎながらその折り目を開き、テーブルの上に彩り豊かに散り積もっていく。感嘆しているぼくらを尻目にギャツビーは次々とシャツを投げ、柔らかで贅沢な山はさらに高く伸びる――横縞・縦縞・格子の模様、珊瑚色・青林檎色・藤色・薄橙色の布地、インディアン・ブルーの飾文字。とつぜん、耐えかねたような声をあげたデイジーは、シャツの山に顔を埋め、堰を切ったように泣きはじめた。

「こんなに綺麗なワイシャツなんて」としゃくりあげるデイジーの声はひどくくぐもっていた。「見てると悲しくなってくる。だってわたし、こんな――こんな綺麗なワイシャツ、見たことないんだもの」

すこしリズム感はよくなったと思いたいけれど、中黒を使うのも、あんまりよろしくはないかもなあ。「藤色」は野崎訳パクリで。ここはたしかに自然物の名前を冠した色でなきゃいけないけど、「ラベンダー色」とすると浮きすぎる。

あとは「柔らかで贅沢な山」もなんとかしたいとは思うんだけど、表現力不足。

追記: いろいろ考えて「ふかふかの」でシンプルにいけそうな気がする。

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