2012/10/20

『ゼンダ城の虜』第13章、公開

順調に進みまして、第13章:改良版「ヤコブの梯子」をここに公開もうしあげます。今回の記事はむやみに長くなってしまったので見出しをつけました。

前半・ラッセンディル対ルパート

この章はもうとにかく、ルパートですね。ええ。前半部分でもうおなかいっぱいな感じです。訳していて改めて思いますけれど、『ゼンダ城の虜』は会話に妙味のあるシーンがとても多いような印象があります。作者自身、会話部分のほうが得意だということを自覚していたんじゃないかなあ。第一章では説明部分を読み飛ばすことを推奨しているようなフレーズがありますし。

小説論として、「『と、某は怒りもあらわに言った』みたいに地の文に話者の感情を入れるのはへたくそのやることだ」みたいな議論を見かけることがありますが、『ゼンダ城の虜』は、たしかにその手の副詞句が入った会話文が少ないような気がします。いや、ちゃんと調査したわけではないので気のせいかもしれませんけど、印象としてね。その割には、ああ、こういう気持ちのこもった台詞を吐かせたいんだな、という作者の意思はちゃんと伝わってきて、上の小説論者には満足のいく作家ではなかろうか。

まあなんにせよ、オレ個人としては、この章の前半の対話部分はけっこう楽しんで訳せてます。ラッセンディル対ルパートの華やかな嫌味の応酬をどうぞご堪能くださいませ。もっとも、よくわからんので適当に訳出した部分もあったりはします。

"Oh, God gives years, but the devil gives increase," laughed he. "I can hold my own."

このルパートの台詞、よくわからん。なにせ信仰心に非常にとぼしい人間なので、神様を引き合いに出されると理解度9割減なのです。そこで偉大なる先訳者の訳文を拝借しようかと参照するとこんな感じ。

「ふむ、年は神様の下さるもの、増加は悪魔がくれるもの、」と言って彼は笑った。「僕だって、自分の体くらいは、自分で守ることができるんだぜ」(武田玉秋

「何、年の寄るのは神様のおかげで、知恵は悪魔って奴がつけてくれるから、年なんかどうでもいいさ。僕は誰とでも喧嘩はできるからね。」と彼は笑っていった。(宮田峯一

「おお、神は年をあたえたまい、悪魔がそいつを老けさせる、というわけか」とルパートは笑って、「おれはおれで、りっぱにやっていけるさ」 (井上勇

え~と。みなさん意見がわかれたようです。これはもう自由にやってかまわないだろうと考え、前後にかみ合って、かつ、ラッセンディルをいびれるような台詞をこしらえておきました。

「ふん、神は一年ずつ年を進めるが、悪魔にかかると突如いくつも年を食うらしいぜ」とルパートは笑い飛ばす。「オレはあたりまえのペースでいきたいね」

う~ん、いや「神が年を進めれば悪魔が利子を膨らます」かもしれない。でもそうすると、"I can hold my own." が何を指すのかわからなくなるし、この直後で interest を「利子」の意味で使ってくるのとも統一性がなくなるなあ、という気もして、結論よくわからない。

後半・で、“ヤコブの梯子”ってどんな形なのさ?

さて、後半部分は番人ヨハンを尋問しながら“ヤコブの梯子”の何たるかの説明にうつるわけですが、残念ながらホープの困ったところが出てしまっているようで。この人、とにかく説明が下手。“ヤコブの梯子”もいったいどんな形状のものなのか、かなりわかりづらくて……もう!という感じ。まあいろいろ考え合わせますと、断面が方形の土管を、輪状に90度角分、窓から水中に向かって延ばした感じと思ってもらえばいいんじゃないかなあ(左図・下手な絵でごめんなさい)。直角に折れた土管のようにもとれますが、それだとちょっと使い勝手が悪そうだし。あと、出口が水面より上にあるような書き方ですが、それはちょっと前後矛盾するので無視することにしました(こら)。

あと、地下の構造に関する「外側の部屋」「内側の部屋」も、相当わかりづらいと思います……。原著の第3章には Howard Ince によるゼンダ城の見取図(右図)があって、これを見るとなんとなく言いたいことはわかります。これを本文にとりこめるかというと、著作権の状態がいまいち明らかでないので、ためらうところがあり……年代的に言えば問題ないと思うのだけれども。

下手な図で恐縮ですが、濠と地下室の断面図(想像)を準備しましたので、この辺で勘弁してください……。

挿絵について

城の見取り図、のところでちらりと触れましたが、Internet Archive に原著のコピーがあがってきているのでそこからイラストなどを確保できるようになりました。ありがたく使わせていただくということで、チャールズ・ダナ・ギブソン(Charles Dana Gibson, 1867 - 1944)による挿絵を入れこみました。この13章のほかにも、5章10章にそれぞれ1枚ずつ。

Internet Archive の『ゼンダ城の虜』はいくつか版がありますが、1921年(US)版の EPUB フォーマットから抜き出しました。

それにしても Internet Archive / Open Library のオンラインブックモードのなんと使いやすいことか。近デジも負けずにがんばって欲しいなあ。

2012/10/15

『悪魔の辞典』の「愛国心」への補注, およびウィキペディアへのリンク付与

補注「愛国心 / Patriotism」

『悪魔の辞典』の中でもっともよく引用される定義のひとつに「愛国心」があります。

愛国心 n. 燃えるゴミ。自分の名を燦然と輝かそうという野心家が持つ松明と解釈される。

ジョンソン博士は、かの有名な辞書において、愛国心は悪党の最後の拠り所と定義されている。この啓発的だがやや劣る辞書編纂者に与えられるべき敬意は払いつつも、わたくしめとしては「最初の拠り所」ではないかと提案する次第。

上記のとおり、ビアスは「愛国心は悪党の最後のよりどころ」の引用元をサミュエル・ジョンソン博士の「かの有名な辞書」としていますが、じつはこれは間違いで、正解は、ジェイムズ・ボズウェルの『サミュエル・ジョンソン伝』1775年4月7日のエントリーです。

Patriotism having become one of our topicks, Johnson suddenly uttered, in a strong determined tone, an apophthegm, at which many will start: 'Patriotism is the last refuge of a scoundrel[1035].' But let it be considered, that he did not mean a real and generous love of our country, but that pretended patriotism which so many, in all ages and countries, have made a cloak for self-interest. I maintain, that certainly all patriots were not scoundrels. Being urged, (not by Johnson) to name one exception, I mentioned an eminent person[1036], whom we all greatly admired. JOHNSON. 'Sir, I do not say that he is not honest; but we have no reason to conclude from his political conduct that he is honest. Were he to accept of a place from this ministry, he would lose that character of firmness which he has, and might be turned out of his place in a year. This ministry is neither stable[1037], nor grateful to their friends, as Sir Robert Walpole was, so that he may think it more for his interest to take his chance of his party coming in.'

Life of Johnson, Volume 2 by James Boswell - Project Gutenberg から引用。

どうやら、愛国者はすべてダメだと言いたいわけではなくて、個人的な利益を隠して騙られる見せかけの愛国心 (pretended patriotism) にダメを出しているようです。最後あたりの自党の利益を云々というフレーズを見ながら、なんとも微妙な気持ちになったり。これ、200年以上前の文章なんですけどね……。

注釈を少し補っておきますと、[1036] の eminent person はエドマンド・バークだそうです。[1037] の「現政権」はノース卿(フレデリック・ノース)内閣。オレの頭の中ではノース卿と言えばアメリカ独立革命時のイギリスのトップですが、それより年代が前なのでそこは無関係と思われます。

ウィキペディア連携

今回も、ほぼそれのみです。「パンデモニウム」がウィキペディアになかったのはちょっと驚きましたが。少し言い回しをいじった部分、用語を変えた部分はあります。

2012/10/12

ブクログの青空文庫対応への対応

ウェブ本棚『ブクログ』青空文庫が登録できるようになったそうで。その結果、オレの翻訳のうち青空文庫に提供している5品も、ブクログの本棚にならべることができるようになっています。

そこで、それぞれの xhtml 版の上部にブクログへのリンクをつけてみました。いまのところ、本棚に入れる / レビューを書くといったアクションを取っている方はおられませんので、どれでも「1げっと!」できます。自分でとるのはさすがに気恥ずかしいので、どなたかとってやってください。レビューも、甘口も辛口もお好みの味付けでどうぞ。

とまあ、なんだかオレの翻訳の宣伝主体になってしまいますが、青空文庫全体として考えても、この試みはとても面白い。いろんな人が青空文庫のこのテキストを読んだよという証、言うなれば「手垢」や「書き込み跡」がここにいっぱい残っていってくれれば、青空文庫の実在感の薄さというか、どんな人がどんな気持ちで読んでるの?というつかめなさに、すこしずつ厚みがましていくんじゃないか、と期待しているのです。

もちろん、ネット上のあちらこちらに「青空文庫でこんな本を読みましたよ」という話はちらほら見かけるのですが、読書に特化したサイトでリアル本と並列して語られるのは重みがまるでちがう。コンテンツが充実してくるまでしばらく時間はかかるでしょうが、やがては青空文庫読書ガイドとしても非常に役にたつ存在になっていくんじゃないかと、期待をしてます。

期待ばかりしていても勝手な!という感じなのでなにかにレビューを書こうかと思ったわけですが……さて、なににしようかな。あえて村山槐多いっちゃう?とか思いながら、でもこの人の書いたものだと詩か童話『五つの夢』が抜群の出来なんだけど登録がないという……。いろいろ読み返しながら考えたいと思います。

2012/10/07

読んだ - 2012年9月

先月読んだ本の話など。

小説では『荊の城』はまず佳作どころ。万人にはおすすめしないけれど。『銀河ヒッチハイク・ガイド』も、面白いけれど万人にはすすめられないよね。『ベンジャミン・バトン』にいたってはさらに。ちょっとチョイスが偏りすぎている感じ。10月は日本の小説も読もう。

小説以外では、『裁判長! ここは懲役4年でどうすか』はまず面白かった。『これからの「正義」の話をしよう』はテーマがちょっと重いし日本ではなかなか目にしないトピックも多いし、軽い気持ちで読むとついてけない。そのうちまた読む。

漫画はほかにもいろいろ読んだはずなんだけど印象的だったもので『となりの関くん』。3巻まで出ているようなのでじわじわそろえながら読んでいきたいと思います。

ベンジャミン・バトン 数奇な人生

生まれた瞬間から70歳、ふつうに言葉もしゃべれてしまうベンジャミンが、年を重ねるごとにどんどん若返っていくという数奇な一生をおくる様子を描く。作者フィッツジェラルドいわく「マーク・トウェインの思いつき『残念ながら人生というものは、最良の瞬間が最初の最初にやってきて、最悪の瞬間が最後の最後にやってくるものらしい』を逆転させてみようという実験的作品」。

2009年の映画版は基本シリアスに描いているけれど、原作はユーモアが強め。しょっぱなでは老人なのにベビーベッドに押し込まれたり。最後らへんでは真面目に人生を送れと息子から怒られたり。むしろ、軽い読み物として楽しめるものと思います。深読みは、したい人はどうぞっていう感じ。

翻訳は永山篤一訳(角川文庫)、都甲幸治訳(イースト・プレス)の2種類が出ているみたい。個人的な趣味で言うと都甲幸治訳の方が好みかな。「ベンジャミン・バトン」一作しか収録されていない小さな本ですが、ベンジャミンのどんどん若返っていくイラストをはじめ、本としてのつくりが素敵。ギフトにも使えそうなくらいですが内容的に不向きか。

荊の城

あるところに莫大な財産を相続することになっているお嬢様がおりました。ただしお嬢様が結婚するまではその財産は自由にできません。そこに目をつけたハンサムな紳士風の詐欺師が、スリの少女と手を組み、お嬢様を罠にはめてがっぽりもうけようぜという物語……少なくともスタート時点では。

はじめて読む作家さん+訳者さん。ディケンズをベースにしたんだろうと思われるちょっと重たいスタイルが少々苦手で途中一回投げ出しかけたものの、第一部を読み終えたあたりでがぜん面白くなってきてその後一気読み。

ま、要はみんながみんなで騙しあい的な忙しい小説なんですが、スリの少女・スーザンのかわいくなさが可愛らしくてちょっと不思議な感じ。あとお嬢様が最後に、え~と、そう、小説家として自立して、ある種の白い花を咲かせるという展開にわあ……!と思ったり。好きな人はたぶんもっと好きな展開だと思います。

あとがきにつながりキーワードがあれこれ書いてありましたが、オレの場合、「奇妙な依頼人」に登場する「マーシャルシー監獄」でピンときました。

銀河ヒッチハイク・ガイド

開始数ページで地球がこなごなになるところが主人公(地球人)とそのお友達(非地球人)だけはたまたま通りがかった宇宙船にヒッチハイクで乗り込んで難をのがれたのはいいけれどその宇宙船の主が非寛容な宇宙人で宇宙空間に放り捨てられたら別の宇宙船にぐうぜん拾い上げられて……っていう流れの、荒唐無稽いきあたりばったり物語。

まだ読んでなかったの?と言われそうですが、ええ。「面白から!」と言われて読んだ本はたいがいピンとこないことが多いのですけれど、これはそうでもなく、純粋に面白かった。出だしの数段落にすばらしいユーモアのセンスが凝縮されてます。

ノリとイキオイで話が進んでいくので、じっくり静かに読書を楽しみたいときのセレクトには向きません。かといって、ある程度集中できる環境でないと話についていくのに一苦労しそうな感じも。ふさわしい環境のむずかしい本かもしれない。

これからの「正義」の話をしよう

お勉強ということで。「正義」を、(1) 功利主義 (2) 自由市場主義 (3) 美徳の奨励 の3つの観点から考える。バランスよくいろんな時代のいろんな人たちの視点を紹介してくれるのは二重丸。いろいろ勉強になりましたが、個人的には、南北戦争の召集命令と替え玉の逸話が『グレイト・ギャツビー』との絡みで非常に有益でした(ピンボケ)。

裁判長! ここは懲役4年でどうすか

ちょっと前(だいぶ前?)にテレビでドラマ化されたのをなんとなく見ていた。

ノンフィクション。法曹界とは無縁のライターさんがいろんな裁判を傍聴した記録。やれ正義だ社会悪だと大きく振りかぶるシリアスなものではなく、かといって、あらあら聞きました奥さん的なモスキートなものでもない、観察日記的な感じが心地よい。オレ個人的には裁判所とか行ったことがありませんので、へえ、こんな感じなんだ、と面白く読みました。

となりの関くん

「私の隣の席の関くんは授業中いつも何かして遊んでいる」

奥さんチョイス。けらけら笑いながら読みました。舞台は日本の高校。授業中にいつも遊んでいる関くんを、その隣の真面目に授業を受けたい横井さんが観察するという一話完結スタイルの物語で、話の大筋は毎回同じなんですが、いやいや、展開のさせ方が毎度上手。手札のおおいことおおいこと。

個人的には「2時間目」の将棋の話がいちばん面白かった。ルールを無視して関くんによって作られる物語(金が王を裏切って恐怖政治を……)が傑作。だいたい学園モノには自動的に減点が入る学校ギライのわたくしめですが、それでもこれは人に薦められる、という感じです。

2012/10/05

『ゼンダ城の虜』第12章、公開

『ゼンダ城の虜』第12章、公開です。ぼちぼち盛り上がってまいります。

え~、なによりもまず、ルパート・ヘンツァウ登場ですね。11章公開時も似たようなことを書きましたが、読者から、作者から、そして作中人物からの愛を一身に集めたであろうキャラクター。かくいうオレもまたこのキャラを愛してやみませんということで、訳出にあたっては、かっこよく、とにかくかっこよく! という補正をかけていきたいと思います。

私に言わせれば、男たるもの、もし悪役に立ち回る必要があるのなら、スマートな悪役を目指したい。よって私は、ルパート・ヘンツァウのほうに、木で鼻をくくったようなかれの同輩たちよりも、好感を抱いた。どうせ罪なら、ア・ラ・モードに、スタイリッシュに犯したからといって、その軽重が左右されるものでもあるまい。

ということですし。

なお、Hentzau に「ヘンツァウ」という表記をあてたのは Strelsau を「ストレルサウ」としたのにあわせたもので、「ストレルサウ」は Breslau を「ブレスラウ」と表記する慣例に倣ってのものです。ほとんどの先行訳は「ヘンツォ」となっていますが、これに対して間違いであるとか主張するつもりはありませんのであしからず。

固有名詞の表記については、前回 Sapt を「ザプト」に変更しましたが、今回も Elfburg を「エルフバーグ」から「エルフブルク」に変更します。ドイツ風ということで。「風」ね。「アルフブルクでしょ」と言われればそうなのかな……という気持ちのゆれを感じますが、そこはまあ、ドイツ風といっても、この小説には Black Michael というどうしょうもない固有名詞もありますし、究極的にはこだわれない。じゃあもう英語読みでいいじゃんという気持ちもわきますが、フリッツ・ヴォン・ターレンハイムとは書きたくない、と。まあ、結論としては好みの問題なので、本当は読者に選んでもらうのがいいんじゃないか、という思いもなくはなく。文書の構造化を推し進めれば、スクリプトひとつで読者の好みを反映する機能をつけられないこともないわけですが……。

ストーリーの話に戻りましょう。第2章以来の登場となる「宿屋の娘」。この子も個人的にはけっこう好きなキャラクター。ホープのキャラ作りの巧さというものか。もっとも、第2章のときは姉妹だったはずなのにその辺りの設定をどうやら忘れてたんじゃないかと思われるのはご愛嬌。感じからすると、妹のほうっぽいですけど。

それから、最後のほうにほぼ名前だけ登場するベルネンシュタイン。『ゼンダ城の虜』では以後出番なし(だったはず)ですが、続編『ヘンツァウ伯ルパート』ではレギュラーメンバーに昇格します。

次の13章は、ラッセンディル対ルパートの会話の応酬がみどころ。今月中にはご高覧いただけるんじゃないかと予定しています。