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2013/03/10

『ゼンダ城の虜』第15章、公開。

さて、ようやく15章にたどりつきました『ゼンダ城の虜』。当初、章題を「誘惑者との語らい」にしましたが、素直に「私は誘惑者と語らった」のほうがよさそうなので直します(そのうち)。

おおまかにわけて3パートある章ですが、やはり見どころはルパート・ヘンツァウ。つくづく、ホープは素晴らしいキャラクターを生み出したもんだと思います。ここでラッセンディルが誘惑に乗ったとしても、それはそれで面白い物語になりそう。

翻訳上は、残念ながら怪しいところの多い章となってしまい……。とりあえず2つ備忘がてらメモっておきますか。

ひとつ。

and I, riding down one day with Flavia and Sapt, had an encounter with an acquaintance, which presented a ludicrous side, but was at the same time embarrassing.

"ludicrous" なんて単語が出てこれる文脈じゃないと思うのだけど。"but..." の先にある "embarrassing" (当惑する)とは反対側のニュアンスを含むはず……。だけど、「笑える」とは違う気がする。なにかこう、つかめないところ。

ふたつ。

"Get out of my reach!" said I; and yet in a moment I began to laugh for the very audacity of it.

というラッセンディルのセリフに続く文章の最後がなぜ "it" なのか、ちょっとピンとこないのです。"his" じゃないの?

まあ、どちらも物語の道筋に大きな違いの出るような所ではないので、例によって適当に処理しておきます。

次章は、ちょっと遅れそうかなあ。訳自体はできちゃおるんですが、もうちょい見直したく。でもそれより前にやりたいこともあったりで、結局5月ころになるかもしれない。そうなると、どうやら今年中には最後までいきつけなさそうですね。

2013/01/22

オー・ヘンリー『警官と賛美歌』修正。

最近急激にアクセスが増えておりますが、久しぶりに読んでみますと単純な間違いを見つけてしまいましたのでとりあえず手直しを入れておきます。

誤:夜な夜な集まってまくる場所である。
正:夜な夜な集まってくる場所である。
【集まってまくる】

誤:感謝際に婦人伝道師から送られたちゃんとした既製品だ。
正:感謝祭に婦人伝道師から進呈されたちゃんとした既製品だ。
【感謝際】、【送られた】
送られた、は typo ですが、ついでに表現を改めます。

誤:夜までの間あちこちで見うけられる地区で、足を止める。
直後の改段落をとります。

以上3点。他にも翻訳自体を直したい部分が見えますが、今回は見送りということで。

2013/01/21

ジャック・ロンドン『世界が若かつた時』(和気律次郎訳)公開

これまたここに書くのが遅れてしまいましたが、年始頃に、ジャック・ロンドンの短編小説、『世界が若かつた時』を公開いたしました。翻訳は、オレではなくて、和気律次郎 (1888 - 1975) によるもの。近代デジタルライブラリーで公開されている英米七人集 : 清新小説を底本として入力しました。

まあ、自分で翻訳していないこともあってあまり思い入れのない作品であり、物語として面白いかというと、いや、そうでもなかったかもな、と思わなくも。「影と光」に同じく、ジャック・ロンドンのお得意の筋書きのひとつ、とりあえず戦って決めようぜ的な感じです。いろいろ細かく設定を作るのに、なぜにこんな雑な展開の物語にしてしまうのか、オレ的にはなんだかもったいないなあ、と思うのですけれど。流行作家のつらいところなのでしょうかねえ。

そして翻訳としても、1922年のものですのでスタイルが古めかしい。「彼」がものすごく多いし。旧字旧仮名ですし。というか、旧字旧仮名なんだけど、ところどころ怪しいところがあったり。正直、オレあんまりこの辺の時代の文章作法をまるで知らないんですが、「煌々」に「くわうくわう」とかなを振ったかと思えば、そのしばらくあとで「こうこう」ってふったりしてるんだけど、この統一感のなさは誤植なの? それとも素なの? よくわかりません。

そんな不勉強な状態ながら、この入力作業というやつもなかなかおもしろい経験でした。この字って昔はこう書いてたのかと、改めて思うこともたびたび。読むときにはなんとかついていけるのだけど、いざ自分が使うとぜんぜん印象が違うもので、「寝」と「寢」みたいな、なんとなく見ていたのでは判別できないくらいほんの微妙な字体の違いを改めて知ったりとか。

と、古い翻訳ではあるのですが、和気律次郎は1975年没とえらく長寿だったようなので、著作権はまだ保護期間内にあります。近代デジタルライブラリーでは「著作権法第67条第1項により文化庁長官裁定を受けて公開」となっているため、ほんとうはこうやって勝手コピーをしてはいけないものなのだけれども、あえてやってしまおうと、まあそういうあれです。違法といえば違法な状態ですので、よい子のみなさんはあまり近づかないように。

この67条1項というのは、つまり、著作権者がどこにいるかわからないので再利用の許諾が取れませんという状態で、それでも使いたいので国に保証金を預けて利用する、という感じの、便法的な、あるいは裏技的なやりかたで、近デジとしてはそれでライセンスの処理を済ませているわけだけど、ただオレの思いとしては、せっかく公共的な性格の強いはずの機関でその便法を使うなら、公開するだけじゃなくて、自由に再利用してよいよ、というふうにしてくれたらいいのになあ、恩恵を自分達だけで握りしめてないでもっと広く浴びせかけてよ、という気持ちがどうしてもする。だって、もったいないじゃない。

とかく申せども違法状態であることは否定ができないところでして、まあ、著作権の侵害が親告罪であるうちは強引に中央突破できるとたかをくくっているわけですが、この辺も将来的にはどうかわからないところ。なので、今後和気律次郎らの翻訳をテキスト化するかというと、たぶんないと思います。これが青空文庫に投げられるなら、ちょっと真摯にがんばってもよいのだけど。

ただ一つ失敗したと思っていることを言うならば、どうせ和気律次郎訳ジャック・ロンドン作品を入力するなら、『強者の力』の表題作か「生命の法律」にすべきでした。とくに「強者の力」は、翻訳がかなりおもしろくできている感じがするので、ロンドンに興味があるなら、ぜひ読んでみてほしいなと思うところです。

参考リンク

2013/01/06

『ゼンダ城の虜』第14章、公開

第14章:城外の一夜をここに公開もうしあげます。……っていうか、公開したの去年の11月なんですが、ここになんにも書いてないことに気づいたりしましたので、いまごろになりました。それはもう文字通りに、よいお年をが一つすっ飛んであけましておめでとうございましたくらい今更になりましたが、まあまあ、オレのやることですもの、よくあることです。

14章は、9章以来のアクションシーンとなります。んで、死人もちらほらと出て参ります。んでんで、やっぱり見どころはルパートなのですよねえ。格好良くできてますかどうか、ちと不安の残るところではありますが。

で、ちょっと twitter で先行して翻訳についていろいろ言ってたのをもう一度。

結局、この読み方でいくことにしました。アクション的に見栄えしてルパートっぽいし。もちろん、馬ごと飛び込んだという読み方もできなくはないのだけど、いや、馬が泳いで(?)渡れるようじゃ濠の意味をなさないよね、と思うわけです。

……とはいえこの章の最大の謎は解決されないままに残ります。ラッセンディルは一体何をしにきたのか。

王さまに接触するため……「話しかけようとはしなかった」。

王さまを脱出させるため……土管を破壊できる状態だったにもかかわらず何もしなかった。

情報収集……マックス・ホルフを殺しちゃ駄目でしょ。

というわけで、じつはオレにとってこの章は存在意義のよくわからない部分であって、ちょんぎったってさしつかえないような気さえもするのでした。

2012/10/20

『ゼンダ城の虜』第13章、公開

順調に進みまして、第13章:改良版「ヤコブの梯子」をここに公開もうしあげます。今回の記事はむやみに長くなってしまったので見出しをつけました。

前半・ラッセンディル対ルパート

この章はもうとにかく、ルパートですね。ええ。前半部分でもうおなかいっぱいな感じです。訳していて改めて思いますけれど、『ゼンダ城の虜』は会話に妙味のあるシーンがとても多いような印象があります。作者自身、会話部分のほうが得意だということを自覚していたんじゃないかなあ。第一章では説明部分を読み飛ばすことを推奨しているようなフレーズがありますし。

小説論として、「『と、某は怒りもあらわに言った』みたいに地の文に話者の感情を入れるのはへたくそのやることだ」みたいな議論を見かけることがありますが、『ゼンダ城の虜』は、たしかにその手の副詞句が入った会話文が少ないような気がします。いや、ちゃんと調査したわけではないので気のせいかもしれませんけど、印象としてね。その割には、ああ、こういう気持ちのこもった台詞を吐かせたいんだな、という作者の意思はちゃんと伝わってきて、上の小説論者には満足のいく作家ではなかろうか。

まあなんにせよ、オレ個人としては、この章の前半の対話部分はけっこう楽しんで訳せてます。ラッセンディル対ルパートの華やかな嫌味の応酬をどうぞご堪能くださいませ。もっとも、よくわからんので適当に訳出した部分もあったりはします。

"Oh, God gives years, but the devil gives increase," laughed he. "I can hold my own."

このルパートの台詞、よくわからん。なにせ信仰心に非常にとぼしい人間なので、神様を引き合いに出されると理解度9割減なのです。そこで偉大なる先訳者の訳文を拝借しようかと参照するとこんな感じ。

「ふむ、年は神様の下さるもの、増加は悪魔がくれるもの、」と言って彼は笑った。「僕だって、自分の体くらいは、自分で守ることができるんだぜ」(武田玉秋)

「何、年の寄るのは神様のおかげで、知恵は悪魔って奴がつけてくれるから、年なんかどうでもいいさ。僕は誰とでも喧嘩はできるからね。」と彼は笑っていった。(宮田峯一)

「おお、神は年をあたえたまい、悪魔がそいつを老けさせる、というわけか」とルパートは笑って、「おれはおれで、りっぱにやっていけるさ」 (井上勇 )

え~と。みなさん意見がわかれたようです。これはもう自由にやってかまわないだろうと考え、前後にかみ合って、かつ、ラッセンディルをいびれるような台詞をこしらえておきました。

「ふん、神は一年ずつ年を進めるが、悪魔にかかると突如いくつも年を食うらしいぜ」とルパートは笑い飛ばす。「オレはあたりまえのペースでいきたいね」

う~ん、いや「神が年を進めれば悪魔が利子を膨らます」かもしれない。でもそうすると、"I can hold my own." が何を指すのかわからなくなるし、この直後で interest を「利子」の意味で使ってくるのとも統一性がなくなるなあ、という気もして、結論よくわからない。

後半・で、“ヤコブの梯子”ってどんな形なのさ?

さて、後半部分は番人ヨハンを尋問しながら“ヤコブの梯子”の何たるかの説明にうつるわけですが、残念ながらホープの困ったところが出てしまっているようで。この人、とにかく説明が下手。“ヤコブの梯子”もいったいどんな形状のものなのか、かなりわかりづらくて……もう!という感じ。まあいろいろ考え合わせますと、断面が方形の土管を、輪状に90度角分、窓から水中に向かって延ばした感じと思ってもらえばいいんじゃないかなあ(左図・下手な絵でごめんなさい)。直角に折れた土管のようにもとれますが、それだとちょっと使い勝手が悪そうだし。あと、出口が水面より上にあるような書き方ですが、それはちょっと前後矛盾するので無視することにしました(こら)。

あと、地下の構造に関する「外側の部屋」「内側の部屋」も、相当わかりづらいと思います……。原著の第3章には Howard Ince によるゼンダ城の見取図(右図)があって、これを見るとなんとなく言いたいことはわかります。これを本文にとりこめるかというと、著作権の状態がいまいち明らかでないので、ためらうところがあり……年代的に言えば問題ないと思うのだけれども。

下手な図で恐縮ですが、濠と地下室の断面図(想像)を準備しましたので、この辺で勘弁してください……。

挿絵について

城の見取り図、のところでちらりと触れましたが、Internet Archive に原著のコピーがあがってきているのでそこからイラストなどを確保できるようになりました。ありがたく使わせていただくということで、チャールズ・ダナ・ギブソン(Charles Dana Gibson, 1867 - 1944)による挿絵を入れこみました。この13章のほかにも、5章と10章にそれぞれ1枚ずつ。

Internet Archive の『ゼンダ城の虜』はいくつか版がありますが、1921年(US)版の EPUB フォーマットから抜き出しました。

それにしても Internet Archive / Open Library のオンラインブックモードのなんと使いやすいことか。近デジも負けずにがんばって欲しいなあ。

2012/10/15

『悪魔の辞典』の「愛国心」への補注, およびウィキペディアへのリンク付与

補注「愛国心 / Patriotism」

『悪魔の辞典』の中でもっともよく引用される定義のひとつに「愛国心」があります。

愛国心 n. 燃えるゴミ。自分の名を燦然と輝かそうという野心家が持つ松明と解釈される。

ジョンソン博士は、かの有名な辞書において、愛国心は悪党の最後の拠り所と定義されている。この啓発的だがやや劣る辞書編纂者に与えられるべき敬意は払いつつも、わたくしめとしては「最初の拠り所」ではないかと提案する次第。

上記のとおり、ビアスは「愛国心は悪党の最後のよりどころ」の引用元をサミュエル・ジョンソン博士の「かの有名な辞書」としていますが、じつはこれは間違いで、正解は、ジェイムズ・ボズウェルの『サミュエル・ジョンソン伝』1775年4月7日のエントリーです。

Patriotism having become one of our topicks, Johnson suddenly uttered, in a strong determined tone, an apophthegm, at which many will start: 'Patriotism is the last refuge of a scoundrel[1035].' But let it be considered, that he did not mean a real and generous love of our country, but that pretended patriotism which so many, in all ages and countries, have made a cloak for self-interest. I maintain, that certainly all patriots were not scoundrels. Being urged, (not by Johnson) to name one exception, I mentioned an eminent person[1036], whom we all greatly admired. JOHNSON. 'Sir, I do not say that he is not honest; but we have no reason to conclude from his political conduct that he is honest. Were he to accept of a place from this ministry, he would lose that character of firmness which he has, and might be turned out of his place in a year. This ministry is neither stable[1037], nor grateful to their friends, as Sir Robert Walpole was, so that he may think it more for his interest to take his chance of his party coming in.'

Life of Johnson, Volume 2 by James Boswell - Project Gutenberg から引用。

どうやら、愛国者はすべてダメだと言いたいわけではなくて、個人的な利益を隠して騙られる見せかけの愛国心 (pretended patriotism) にダメを出しているようです。最後あたりの自党の利益を云々というフレーズを見ながら、なんとも微妙な気持ちになったり。これ、200年以上前の文章なんですけどね……。

注釈を少し補っておきますと、[1036] の eminent person はエドマンド・バークだそうです。[1037] の「現政権」はノース卿(フレデリック・ノース)内閣。オレの頭の中ではノース卿と言えばアメリカ独立革命時のイギリスのトップですが、それより年代が前なのでそこは無関係と思われます。

ウィキペディア連携

今回も、ほぼそれのみです。「パンデモニウム」がウィキペディアになかったのはちょっと驚きましたが。少し言い回しをいじった部分、用語を変えた部分はあります。

2012/10/05

『ゼンダ城の虜』第12章、公開

『ゼンダ城の虜』第12章、公開です。ぼちぼち盛り上がってまいります。

え~、なによりもまず、ルパート・ヘンツァウ登場ですね。11章公開時も似たようなことを書きましたが、読者から、作者から、そして作中人物からの愛を一身に集めたであろうキャラクター。かくいうオレもまたこのキャラを愛してやみませんということで、訳出にあたっては、かっこよく、とにかくかっこよく! という補正をかけていきたいと思います。

私に言わせれば、男たるもの、もし悪役に立ち回る必要があるのなら、スマートな悪役を目指したい。よって私は、ルパート・ヘンツァウのほうに、木で鼻をくくったようなかれの同輩たちよりも、好感を抱いた。どうせ罪なら、ア・ラ・モードに、スタイリッシュに犯したからといって、その軽重が左右されるものでもあるまい。

ということですし。

なお、Hentzau に「ヘンツァウ」という表記をあてたのは Strelsau を「ストレルサウ」としたのにあわせたもので、「ストレルサウ」は Breslau を「ブレスラウ」と表記する慣例に倣ってのものです。ほとんどの先行訳は「ヘンツォ」となっていますが、これに対して間違いであるとか主張するつもりはありませんのであしからず。

固有名詞の表記については、前回 Sapt を「ザプト」に変更しましたが、今回も Elfburg を「エルフバーグ」から「エルフブルク」に変更します。ドイツ風ということで。「風」ね。「アルフブルクでしょ」と言われればそうなのかな……という気持ちのゆれを感じますが、そこはまあ、ドイツ風といっても、この小説には Black Michael というどうしょうもない固有名詞もありますし、究極的にはこだわれない。じゃあもう英語読みでいいじゃんという気持ちもわきますが、フリッツ・ヴォン・ターレンハイムとは書きたくない、と。まあ、結論としては好みの問題なので、本当は読者に選んでもらうのがいいんじゃないか、という思いもなくはなく。文書の構造化を推し進めれば、スクリプトひとつで読者の好みを反映する機能をつけられないこともないわけですが……。

ストーリーの話に戻りましょう。第2章以来の登場となる「宿屋の娘」。この子も個人的にはけっこう好きなキャラクター。ホープのキャラ作りの巧さというものか。もっとも、第2章のときは姉妹だったはずなのにその辺りの設定をどうやら忘れてたんじゃないかと思われるのはご愛嬌。感じからすると、妹のほうっぽいですけど。

それから、最後のほうにほぼ名前だけ登場するベルネンシュタイン。『ゼンダ城の虜』では以後出番なし(だったはず)ですが、続編『ヘンツァウ伯ルパート』ではレギュラーメンバーに昇格します。

次の13章は、ラッセンディル対ルパートの会話の応酬がみどころ。今月中にはご高覧いただけるんじゃないかと予定しています。

2012/09/21

『ゼンダ城の虜』第11章公開。

『ゼンダ城の虜』第11章を公開しました。これでやっと残り半分。

11章は、ざっくり言うと、フラビアといちゃついて、ストラケンツ元帥と暑苦しい対談をして、フラビアといちゃつくという感じの流れ。フラビア姫がとってもうっとおしい章ですが、ここさえ乗り切ればしばらく出てこないのでがんばって付き合ってあげました。後半とかもう甘い台詞ばっかりで歯が浮くどころか虫歯になりそう。

一方、第5章以来の登場になるストラケンツ元帥との会話はけっこう好きなシーンの一つ。気障な台詞回しの多いこの小説の中でも、ここはかっこいい台詞が多いんじゃないかと思います。ベタですが「そいつを私の墓碑銘にしてもらおう」とか。なるべくかっこよく響くように、プラス、元帥が本物・偽者の件をこの時点で悟ったかどうか判断がつきかねるような訳を心がけてみました。先行訳とはちょっとちがう雰囲気になったかと思います。

あ、それからここまで「サプト」大佐にしてきましたが、「ザプト」大佐に変更します。音写の正確さというやつにはあんまり興味がないんですが、濁音が入ったほうが強そう!なので。

次章はついに、『ゼンダ城の虜』の影の主人公、ルパート・ヘンツァウが登場します。いやあ、これが楽しみで翻訳してたんだけど、ようやくですよ。まあ、12章は顔見せという感じで、本格的に登場するのはその次の13章なんですけれども。

ところで、本文とは関係がありませんが、ナビゲーションのつくりを変えました。そして11章のみ、「原文を表示する」で対訳状態にできます。対訳表示にできると、後でチェックするときに楽なんだよね~。以降の章ではこの機能は継続していきたいと思います。

関連記事

2012/09/18

『悪魔の辞典』からウィキペディアへ U-Z 編。

古い友達と酒を飲みながら、「あの『悪魔の辞典』はお前の文体だよ」と言われ、そうかなあと首をひねる。まあ、かれはこれの翻訳をする前からの知り合いなので別としても、やっぱりふつうに見て「こんなものの翻訳をやっているくらいなのだからこいつは皮肉屋に違いない」と思われているんだろうか。

そんなことないのですけどね。たぶん。オレが信じるかぎりでは。

本題。表題のとおり、U-Z の項目につきウィキペディアへのリンクをセットしました。まだまだリンクを入れるべきところがありますが、あせらずあわてず思い出したようにじっくりいきたいと思ってます。

あとはとくに触ったところはないのですが、逆に言うと間違いであろう部分を放置したところもあり……たとえば UBIQUITY [遍在], WALL STREET [ウォール街], ZEUS [ゼウス] は、たぶん間違っていると思います。

それから、今回、『悪魔の辞典』の全ページに対して形式あわせのための更新をかけました。各ページに、そのページにある見出し語の一覧が表示されるはずです。

じつは『悪魔の辞典』は、公開当時から、URL に #見出し語(英語)をつければ個別にリンクがはれるようになっているのですが、どこにもそんな説明がないし、当たり前ですがどなたもご利用になっていないようです。こうしておけば気づく人は気づくかな、と。

で、この変更はあっというまにできたんですが、これに伴うというか関連するというかの修正がもうたいへん。実はもともとが html 4.0 以前に作り始めたページなので、a name="" が大量にあるというレガシーモード。単純に id に変えてというわけにはいかなかったので(すでに dt id="" で互換性をとっていた)テキストエディタの置換機能を使ってつぶしたわけですが、正規表現が苦手なこともあってなかなかうまくことが運ばず。なんか変なことになっているページがあったら教えてください。

でもこれで今後更新するのは楽になったと信じたい。

でもこれ、最終的にはデータベース化したほうがいろいろ面白く使えるかも。もしするなら、こんな設計だろうか。

  • 見出し語(英語)
  • 見出し語(日本語)
  • 見出し語(ふりがな)
  • 品詞
  • 定義文(英語)
  • 定義文(日本語)

TZE-TZE FLY みたいに見出し語が複数ついてるやつをどうするかは、考えておかないとまずいことが起きそう? あと I みたいなのをどうするか、工夫がいりそう。

2012/09/15

『悪魔の辞典』 A項修正。

なんども繰り返すようだけれども、やはり『悪魔の辞典』は読めてない。この本との関係は、性格は好きなんだけど何考えてるのかよくわからない友達(恋人でもいいけど)とのお付き合いみたいになりつつある。

今回の更新はウィキペディアへのリンクをセットするのが主要な目的だったはずなのにまたテキストをいじりはじめる諦めの悪さ。でも分からないものはやっぱりわからないなあ。AIM [目的] とか。

細かいのははしょって代表的な変更点はこんな感じ。

ABDICATION [退位]

韻文を訳しなおし。「:」の意味合いをちゃんと汲み取れていないっぽいので。

ところで、角川文庫版のこのエントリ、イサベルの部分に訳注が入っていて、「スペインを統一した女王、コロンブスの後援者、1474-1504」と、イサベル1世を指定してあるのだけど、それは違うような気がする。気になったので "The Unabridged Devil's Dictionary" の注釈を調べると、こちらはイサベル2世。リンクは2世にしておきました。

ABRACADABRA [アブラカダブラ]

韻文。押韻無視でだらっと訳出しました。散文にしてしまってもビアス一流の寓話として読める出来ですし。訳もわりとちゃんと出来たんじゃないかと思います。と、恐る恐る。ちなみに Google 先生に質問すると筒井訳が出ますが、いやあ、これはうまいわ、と思いました。いいかげん『悪魔の辞典』を買うのはやめようと思っていたんだけど、まずい、欲しくなってきた。

ABSENT [不在の]

第4文節 "superseded in the consideration and affection of another" を「親切と思いやりに追い立てられた」ではなく「話題性を失った」に。誤訳を修正して誤訳になった可能性大ですしそもそもかなり強引訳です。つか、"supersede" ってこんな使い方ができるの? とか、"consideration" には "the" がつくのに "affection" に "the" がつかないのはなぜ? とか、正直よくわかってないです。

ちなみに、岩波文庫版はこの文節だけカットしてやがります。ズルイ。

韻文も訳出しておきました。押韻無視。

ABSTAINER [節制家]

韻文訳押韻無視。「節制家」という見出し語が使えていない挙句に面白みが伝わりづらいダメ訳……。

ACADEME [アカデメイア]

見出し語を「アカドューム」から「アカデメイア」に。ウィキペディアにあわせた。

ADVICE [忠告]

「最小流通貨幣」から「はした金」に。シンプル志向。

補足的に韻文を押韻無視で訳出しましたが、これまたうまくいった気がしない。

AIM [目標]

見出し語を「目的」から「目標」へ。「ターゲット」でもいいかもしれません。AIM に「まと」の意味があるのを韻文で利用されているため。

……とオレは信じるのだけど、角川文庫版では韻文の最後の一行 "The fact is -- I have fired." が「実は首になったんだもの」になっていて、う~ん、う~ん、う~ん……。そう解釈するには、"I have been fired." じゃないといけなくないかなあ?

まあ、結論としてはこのエントリに関しては散文も韻文も自信ゼロなわけだけど。

ALLEGIANCE [忠実]

韻文訳出。うまくできてるとは思わない。でも散文が存在しない項目なので韻文を無視するとさびしいので仕方なく。

ALLIGATOR [アリゲーター]

打ち消し線を使ったトリックを除去。わかりにくくなったかな。

"West" が固有名詞なので「西欧」に。でもこれがまた間違いの可能性はある。「西部」ではないと思うけど。

ちなみに最後らへんの「ノコギリアン (sawrian)」は、鰐の背中のぎざぎざを「ノコギリ (saw)」に見立ててそこから「トカゲの仲間 (saurian)」に戻すというアクロバットをしたいんだと信じてる。原文は "From the notches on his back the alligator is called a sawrian." とりあえず英語版ウィキペディアの sauria にリンクして手がかりになればと祈るけれど、でも率直に胸のうちをを打ち明けるとさ、おいビアス、つまんないダジャレで喜んでんじゃねえよ、という気分。かれとつきあっているとときどきそういう気分になる。

なお、 大勘違いの可能性はもちろんあります。

ALTAR [祭壇・供犠台]

"the small intestine" を「小さなはらわた」から「小腸」へ。個人的にはかならずしも小腸ではないと思うのですが、まあ字義通りということで。

韻文を訳出。解釈まじりの訳なので、読み方を勘違いしていればいきおい誤訳となるわけですが、さあどうだ。

ARENA [闘技場]

"rat-pit" ということばがいまいちよくわかっていなかったのだけど、ウィキペディア(英語版)で調べるとなんと画像つきで解説 Rat-baiting が。「鼠穴」から「ラットピット」に変更しました。リンク先は英語版のウィキペディアだけど、絵でなんとなくわかると思う。

これもまた繰り返しの繰言だけど、これの翻訳をしていたころにウィキペディアがあったらどれだけマシな状態にできていたことか。

あとは、record を「記録」とする場合は不可算名詞らしいので、「過去」に変えてみました。ちょっと無理がある? まあ、どちらにしても言いたいことは変わらないけれど。

ASS [ロバ(愚鈍の象徴)]

ウィキペディアさまさま。リンクのない固有名詞は、ビアスの捏造と思ってもらって大丈夫なはず……と言いたいけれど、そこの見切りがむずかしいのがまたビアス。Capasia なんかは何かありそうな気がするけれど……。

「『七人の眠れる人』他」になっていたのは初歩の誤訳なのでこそっと直す。

AVERNUS [アヴェルヌス湖]

日本語になっている感じがしなかったので訳しなおし。

2012/08/29

『悪魔の辞典』 S項を修正。

Satyr の項目が間違っていることに気づいてしまったので、これを直すと同時にいろいろ手を出してしまいました。いつものパターン。

ひとつ。いろいろな単語にウィキペディアへのリンクをセットしてみました。破線のアンダーラインが出ている単語にはウィキペディアへのリンクがしこまれています。日本語版に項目がなければ英語版にリンクしていますが、どちらにリンクしているかを見た目に判断できないのは改善が必要。それぞれ class 属性が "wikipedia" "wikipedia_notja" でわけてあるので実装はむずかしくないのですが、さてどんなスタイルがいいのかが問題で、あんまりいいアイデアが思いつかない。

テキスト自体は、ちょこっとずつ言い回しを調整した部分は割愛するとして、大きな修正は3箇所。

Sacrament

見出し語を「秘蹟」から「サクラメント」へ。以前もどなたかに「『秘蹟』はローマ・カトリック用語だから文脈上不適切ですよ」と指摘された気がしなくもないのですが、あまりカタカナ言葉を見出し語に入れたくないなあという気分があってそのままに(オレの記憶が確かならば)。今回、ウィキペディアにリンクするという方法を導入したのでそのへん気にしなくていいかな、ということで「サクラメント」に変更します。ウィキペディアの記事内容でビアスの言いたいことはフォローできてしまうし。

Satyr [サテュロス]

n. 数少ない、ヘブライ人に認識されているギリシャ神話の登場人物(レビ記17:7)。最初は、バッカスにだらしなく仕える放蕩なコミュニティのメンバーとして登場してくるサテュロスも、多くの変革と改善を実行した。しばしば、ローマ神話が創り出したファウヌスと混同される。サテュロスと比べると、ファウヌスは人というより山羊に近い。

……を、

n. 数少ない、ヘブライ人に認識されているギリシャ神話の登場人物(レビ記17:7)。はじめはディオニューソスにだらしなく仕える放蕩なコミュニティのメンバーとして登場するサテュロスだが、多くの改変と改善がほどこされていった。稀ならず混同される存在として、後代にローマ神話がやや善良な存在として創作したファウヌスがあり、こちらは人よりもヤギに近い風体をしている。

へ。"The satyr was at first a member of the dissolute community acknowledging a loose allegiance with Dionysius, but underwent many transformations and improvements." の underwent の解釈がまったく間違っているはず。サチュロスがトランスフォームとインプルーブされてファウヌスになったところが「人よりもヤギに近い」という皮肉なんだと今にして思う。

だけど、文章としてはもうちょっと練りが必要な感じで、いまいち満足はしていない。

Saw [ことわざ]

第4例文、"Better late than before anybody has invited you." を「言われぬあやまち矯(た)めるにあたわず。」から「遅くとも、呼ばれもせぬのに押しかけるよりまし。」に。なんでこんな訳を当てたんだろう? なんか恣意的にやっている臭いがするけれど、思い出せないので標準的に。

2012/08/13

『グリーン・ゲイブルズのアン』(osawa訳)公開

原作について

カナダの小説家、ルーシー・モード・モンゴメリの代表作です。『赤毛のアン』と言われれば、まずたいていの人が聞いたことくらいはあると思います。

ここでしっかり解説できるといいんですが、実はオレも語ることができるほどに詳しくなく……。いい加減な解説を書くよりもまだましかと思いますので、ウィキペディアの該当記事にリンクしておきます。参考まで。

モンゴメリは1942年に亡くなっていますので、日本での著作権は2003年頃に失効しました。

翻訳について

osawa さんが『物語倶楽部』というサイトで公開した全訳です。プロジェクト杉田玄白方式にしたがうものとして公開されていましたが、2004年以降にサイトへのアクセスができなくなっています。

ただし、Wayback Machine にアーカイブがありますので、今もこのサイトを見ようと思えば見ることは可能です。これを利用して「発掘」する作業を行われた方も、すでにお二人ほどいらっしゃいます。

このたび、オレもまた同じように「発掘」作業を行いました。当初は、章ごとに分かれていたファイルを1個にまとめて、マークアップをきれいにして、縦書き用に数字が漢数字になったテキストファイルを作る。それで終わり、というつもりだったんですが……。

つい校正してしまう……

ところが、回復作業中にうっかり読みはまってしまい、そうしてじっくり読んでみるとどうやらそれなりの誤入力・誤変換が見受けられるので、直してあげたくなってしまい。せっせと直していくうちに、こんどは漢字にするしないというようなスタイル的な部分も手をいれたくなってしまい……。

おかげさまで公開にいたるまでの時間がずいぶんかかってしまいましたが、品質の向上に一定の貢献をすることができたのではないかと思います。修正履歴(1,000件を超えてる……ファイルサイズも700kbと大きいなあ)も公開しておきますが、誤字脱字の類をのぞいた、主な校正内容を列挙しますと:

翻訳としての修正

基本的には原文との照合は行っていないのでたまたま気づいた部分に限定されますが……。

(a) 21章の章題が目次で「妙な味付け」、本文で「味な門出」と不統一だったのを、原文確認の上 (A New Departure in Flavorings)、「妙な味付け」に統一しました。「新感覚の風味を拓く」なんていう手もありそうではありますね。

(b) 31章で "Anne shivered." という一文が抜けていたので、無難なところで「アンは身を震わせた」と補いました。

(c) 37章に、36章のマシューの台詞の引用がありますが、訳語が統一されていなかったため、36章のものに統一しました。

漢字

このあたり、個人の趣味もあるのでなんともむずかしいところですが、「無い」「遂に」「未だ」はほぼ全面的に、「居る」「良い」は8割方(マシューの台詞や「良い子」「良かった」などは残しています)をひらがなにして、文章の印象を少しやわらかく変えています。

逆に、まぜ書きされていた単語を漢字になおしたりしたパターンもあります。「憂うつ」「まい進」など。

また、難読かな、と思われる単語にルビを振りました。ルビを振った中で、38章の「懐く」は文脈上「なつく」と読むべきではなかろうと思い、「いだく」というルビを振りましたが、もしかすると訳者の意図せざるところかもしれません。

約物

「--」を「――」(2倍のダッシュ)に、「...」を「……」(3点リーダ)に、とか。閉じ括弧の前の句点は、なしに統一しました。あと半角スペースなんかをちょこちょこ調整してたりとか。

なお、この部分の修正はほとんど校正履歴に出ていません。あしからず。

「メモ」の扱いについて

この翻訳には、osawa さんがつけた膨大な訳者のメモが伴っています。osawa さん自身、

AGGを訳す時に気になったことや分からなかったこと、 引用や引喩の確認・調査、雑多な感想についてメモしています。 AGGの日本語訳としては既にたくさんの名訳が安く容易に手に入るので、 良かれ悪しかれこのメモがこのサイトの売りではないかと思います。

としていらっしゃるのですが、このメモ書きはライセンスが不明なため安易に引っ張ってこれません……。たぶん問題はないと思うのですけど、とりあえず今回は見送ることにしました。

Katokt さんもそうなんだけど、「本翻訳は……」でライセンスを切られると翻訳以外の部分が微妙になってしまうという罠が。

後日補足

2012/8/17: 「約物」中で「読点」としていたのを「句点」に改めました。間違いです。

2012/08/09

『ミルヴァートン』不具合の調整

文字コードがおかしいのか、表示が乱れる現象が発生していましたのでとりあえず差し替えてみました。いつかもこれが発生したのですが強制リフレッシュで直ったり直らなかったりで良くわからない状態。まあ、とりあえずこれで様子見ですね。

2012/08/03

『グレイト・ギャツビー』修正、あるいは「オールド・スポート」を日本語で表現する挑戦。

しつこく続く修正の一環。今回はギャツビーが口癖のように言う old sport という呼びかけに対する訳語を変更しました。

村上春樹訳では「オールド・スポート」とカタカナ化され、「あとがき」で翻訳不可能であるという旨のことが述べられていて、正直、一読者兼一訳者としては「ええ~!」という、がっかりぎみの感想をいだいたこともあり。というか、そのあとがきを読んで買うのをやめたんですけど、う~ん、これに関しては「正しい」翻訳なんてありえないことは判っているだけに、なんらかの挑戦というかひらめきを見せて欲しかったな、せっかくの機会をもったいないな、と思うわけです。

んで小川高義訳(光文社)は訳出をさけたらしいですが(申し訳ないのだけど、未確認)、まあ、これはこれで一つのやり方かなあと。でも、やっぱり、なにか、挑戦して欲しいよね、というのが正直な気持ち。

といいつつも、翻って自分を見ますと「親友」を当てていたわけですが、これは、野崎孝訳をそのまま流用しているわけで、まあ、結局のところ自分だって機会をなげうっていることに違いはなく。いや、言い訳をすると、サリンジャー『ライ麦畑でつかまえて』(野崎孝訳)でのホールデンの台詞と齟齬をきたさないように、という遠慮があったわけですが、『ライ麦』もちがう訳が出ましたし、そんじゃあひとつ果敢に挑戦してやろうじゃないかと。

公開当初は漢字で「貴方」がいいんじゃないかと思ったり、しかししょせんそれは字面遊びにしかならないのでやめたりしましたが、しかし今回はふと思いつきました。

尊公。

「御存知だと思っていたのです、尊公。いや、これは気の利かぬ招待主で恐縮です」

「そこにあの戦争が起こったのですよ、尊公」

「何と言いますか、ほら、尊公はそう大金をお稼ぎになっておられるわけではないのでしょう?」

「おれに向かって『尊公』はやめろ!」

ネタ元は、司馬遼太郎『花神』です。二宮敬介が主人公・村田蔵六をこう呼ぶんですが、敬愛の気持ちがすごく伝わるよい言葉ではなかろうか。

訳語としては、「親友」とくらべて、二人称として使うことができるのは有利だと思います(例3みたいに)。台詞としてはかなり不自然ですが、そこはそもそもが不自然なんだし。いまどきだれがこんな言葉使うんだよ、みたいな雰囲気もフォローできてるんじゃないかと。

似た雰囲気のことばに「貴下」がありますが、ちょっと音が好きじゃない(2音は短すぎる!)という意味不明な理由で外しました。「足下」はもちろんダメですし、「大兄」だと、ギャツビーの場合、闇社会とのつながりみたいな色合いがでてしまいそうなので×。「貴公」はどうなんでしょうねえ。オレはこの言葉にあんまり敬意を感じないので採りませんでしたが、日本語としてはこっちのほうが自然かもしれないなあ。

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2012/07/27

Re: コメントにならないコメント-11

最後のコメントできびしいご指摘。

hardware 屋さんを「重機」なんてとんでもない訳語もありましたね。普通の金物雑貨屋さんのことですよ。ブルドーザーを商っているわけじゃない。

はい、です。でもちょっと言い訳タイムをいただこうかな。

まあオレの知識不足たるところなのですが、これが「雑貨」を意味するのか、「中間材料」を意味するのかわからんのですね、今なお。地金・板金類を扱ってるんじゃないかなあ、という気がしたりもするんですが、そこで「金物」というとちょっと意味合いが変わってくるか?と迷いつつも、そもそも「重機」にした最終的な動機が「よくわからないので、野崎訳とあえてちがう単語を選択してみる」というコピーライトトラップ回避主眼の卑しいしろものだったりもするので、こうして公にダメ出してもらったのはかえってありがたかった感はある。

まあ、「中間材料」としても、「重機」は変だよね~。この件は、以前から気にはなっていたので、先だっての修正時に「金物」に変更しましたが、そこでこの記事に気づいたのでご紹介しておきます、ということで。

んで、もうひとつ。

英語で brother とか sister だと日本語に訳しにくいのです。前後関係から「兄」と想像できることもあります。例えば「祖父の兄」と言っても妥当なことがある。しかし、この訳者は、そうしておきながら「大叔父」と great-uncle を訳してしまっている。それとも、今頃の日本語では「大伯父」と「大叔父」の区別はつけないのでしょうか。

へえええ~。なんて言ってしまうのがまたなお不勉強ではありますが……。そっか、たしかに「伯」は長兄を意味するんでしたっけ。いや、まったくその辺りの意識がなく、ご指摘のとおりオレの中では区別がついてません。なるほどねえ……。

次回の修正時に変更するようにしようかな。

2012/07/25

パブー版『グレイト・ギャツビー』公開をめぐる想いのはしきれ。

電子書籍の作成・販売ができるサービス「パブー」にて、『グレイト・ギャツビー』を公開しました。あえて有料 (3,000円!) です。

なにがやりたいかというと……本質的にはまあ、売名行為ですね。はい。

青空文庫のおかげでネット上にオープンな古典文献を蓄積するという活動があることはそれなりに知られているとは思うのですけど、プロジェクト杉田玄白をふくめ、そこに翻訳によってかかわるというあり方は、まるで盛り上がらなかったみたいだなあというのが、アクティブでなくなってから10年たった私が、2012年に自分のサイトの移転をしながら感じた印象でして。

需要があまり高くないのは仕方がないとしても、認知度そのものが低いと思うのですね。

そこで、『ギャツビー』を使ってこういう活動があるということを違うプラットフォームに広げてみることにしました。青空文庫で『ホームズ』シリーズや『あのときの王子くん』の翻訳をはじめに精力的に翻訳活動をなさっている大久保ゆうさんもパブーで活動なさっているので、まあ重複はするんですが、『ギャツビー』は今年末に映画化される関係で注目を集めやすいと踏みました。しかも3000円ですよ。あほかコイツと思って1ページめくらいは見てもらえるんじゃないかと。

とりあえずそういう情宣ができればまず目標は達成できるわけですが、そんでもしお金を出してもいいよって人が万が一でてきたとしたら、それはそれでオレとしてはとても嬉しいしありがたい。そして、「こういう展開もありかもよ」っていう、オープンな翻訳活動のまた違うモデルの参考例にできるんじゃないかと。

正直、お金を絡めた話に持っていくのはやっぱり抵抗はあります。でもクリス・アンダーソンの『フリー』を読んでいて思ったんですが、「読者にお金を配るというやりかたは成立しない」んですよね。どこかである程度のなにかを回収しないと破綻してもしかたがない、ということになってしまう。例として適切かどうかわかりませんが、Katokt さんの翻訳にせよ、Osawa さんの『物語倶楽部』にせよ、主体者がリソースをさかなくなれば、そこでおしまいです。

本質的にオレの活動は無償奉仕であって成果物が無償で提供されていることに意味がある。そう、客観的に言えばそのとおりなんだけど、なんというかな、あんまり無償で!とか無料で!とかいうヒステリックな物言いは好きじゃないのですね。無料と聞くと「なんかうさんくさいな」と一瞬身構えてしまったりとか。

そこにエリック・レイモンドたちが言うような「評判モデル」が機能してくれればいいんですが、オレみたいな一般人には、評判と言ってもあんまり意味がないんじゃないか。そうすると、とりあえずはお金に行きついてしまうのかなあ、と、内心ひるみながらも、そう思うわけです。……まあ、パブー版の1ページめにちゃんともっと書いてありますので、そちらも参考にしていただくとして。

とにもかくにも、どんと3000円を積んでくださる方がでてくるのか。あるいは、全然話題にもならずに消失してしまう試みか。さあ、どうなることでしょう。

おまけ。表紙は適当に作ったんだけど、なんかちょっといい感じのように思えてきた。手作り感と適当感のほどよいミックス。

2012/07/24

[翻訳] 『グレイト・ギャツビー』修正

『グレイト・ギャツビー』、直前のエントリーで言及したものを含み、大幅に修正を行いました。本文。差分。

今回、差分を「青空文庫修正履歴作成ツール」によって出力してみました。Shift JIS のみ対応なので unicode を使っている html 形式のファイルには差分を出せませんが、どこがどう変わったかについては逆にはっきりわかるんじゃないかと思います。便利。

しかしまあ、なかなかきびしい間違いが多く……。ほんとうを言うともう少ししっかりチェックをしたいのですが時間が許しますことやら。

2012/07/17

Re: 言葉を紡ぎだすのが作家の喜び

というエントリーを見つける。

主題は『グレイト・ギャツビー』の第5章、ギャツビーがシャツを投げまくる場面の翻訳についてのコメントなのだけど、正直、これは参った。野崎孝訳、村上春樹訳と比較されるのは、まあ仕方ないとしても、その上でわりと好意的なコメントがつくのはどうしたものだろう。

オレとしてはこの部分の翻訳は全然駄目だと当時から思ってたので、よりによってここを取り上げなくても、という思いは、ある。問題の原文は、こうだ。

He took out a pile of shirts and began throwing them, one by one before us, shirts of sheer linen and thick silk and fine flannel which lost their folds as they fell and covered the table in many colored disarray. While we admired he brought more and the soft rich heap mounted higher - shirts with stripes and scrolls and plaids in coral and apple-green and lavender and faint orange with monograms of Indian blue. Suddenly, with a strained sound, Daisy bent her head into the shirts and began to cry stormily.

"They're such beautiful shirts," she sobbed, her voice muffled in the thick folds. "It makes me sad because I've never seen such - such beautiful shirts before."

で、オレはこう訳している。

ギャツビーはワイシャツの山を取りだし、1枚1枚、ぼくらの目の前に投げ出しはじめた。地味な麻のシャツ、厚いシルクのシャツ、見事なフランネルのシャツが、宙を泳ぎながらその折り目を開き、彩り豊かにテーブルの表面を飾っていく。感嘆しているぼくらを尻目にギャツビーは次々とシャツを投げ、柔らかで贅沢な山はさらに高く伸びる――縞模様や渦巻き模様や格子模様が珊瑚色やら青林檎色やら薄紫色やら淡橙色やらで入り、インディアン・ブルーの糸でイニシャルが刺繍してある。とつぜん、耐えかねたような声をあげたデイジーは、シャツの山に顔を埋め、堰を切ったように泣きはじめた。

「こんなに綺麗なワイシャツなんて」としゃくりあげるデイジーの声はひどくくぐもっていた。「見てると悲しくなってくる。だってわたし、こんな――こんな綺麗なワイシャツ、見たことないんだもの」

野崎訳、村上訳がそれぞれどうなっているかはリンク先でとくとごらんいただくとして。

まず何が駄目かって、「縞模様や渦巻き模様や格子模様が珊瑚色やら青林檎色やら薄紫色やら淡橙色やらで入り、インディアン・ブルーの糸でイニシャルが刺繍してある。」という文章は最悪だ。暴れ馬にふりおとされないようにと無様にしがみついているにすぎない訳し方。「地味な麻のシャツ、厚いシルクのシャツ、見事なフランネルのシャツが、」というのも、ちょっと原文とずれる上にイメージが鮮明でない。

第2段落の訳は、そう悪くないと思うので(というか、そう外しようがないというか)そのまま。ということで、これでどうだろう。

ギャツビーはワイシャツの束を取りだし、1枚1枚、ぼくらの目の前に放り投げはじめた。薄手のリネンのシャツ、厚手のシルクのシャツ、洒落たフランネルのシャツが、宙を泳ぎながらその折り目を開き、テーブルの上に彩り豊かに散り積もっていく。感嘆しているぼくらを尻目にギャツビーは次々とシャツを投げ、柔らかで贅沢な山はさらに高く伸びる――横縞・縦縞・格子の模様、珊瑚色・青林檎色・藤色・薄橙色の布地、インディアン・ブルーの飾文字。とつぜん、耐えかねたような声をあげたデイジーは、シャツの山に顔を埋め、堰を切ったように泣きはじめた。

「こんなに綺麗なワイシャツなんて」としゃくりあげるデイジーの声はひどくくぐもっていた。「見てると悲しくなってくる。だってわたし、こんな――こんな綺麗なワイシャツ、見たことないんだもの」

すこしリズム感はよくなったと思いたいけれど、中黒を使うのも、あんまりよろしくはないかもなあ。「藤色」は野崎訳パクリで。ここはたしかに自然物の名前を冠した色でなきゃいけないけど、「ラベンダー色」とすると浮きすぎる。

あとは「柔らかで贅沢な山」もなんとかしたいとは思うんだけど、表現力不足。

追記: いろいろ考えて「ふかふかの」でシンプルにいけそうな気がする。