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2012/07/06

『クリスマスキャロル』(Katokt訳)公開

まず、本文から除去してしまった Katokt さんによるあとがきを引用:

後書き

まずは訳の感謝から、クリスマスに感謝を。クリスマスがなきゃ夏の暑いさかりにかけてすっかり中断していた翻訳は永久に完成しなかったことでしょう。またいつもながらプロジェクト杉田玄白の主催者でもある山形浩生さんにも感謝を。

ディケンズの生涯なんかは、サマセットモームの世界の十大小説にで詳しいので、そちらをどうぞ。

あいかわらず翻訳にはまちがい、勘違い、ケアレスミスとありとあらゆる災難(もちろん人災ですが)がつきものなので、訳者(katoukui@yahoo.co.jp)まで教えていただければ幸い。

まあ、たまにはこういう話をじっくりよんでみるクリスマスもなかなか悪くないんじゃないかと、物語が書かれてから150回以上たった今年のクリスマスにふと思ったりもするわけで、ではみなさん楽しんでください。

引き続き、katokt さんが2003年に翻訳したもの。2009年頃に Not Found になってしまったようですが、せっかくなので、Wayback Machine を使って 2008年10月15日のアーカイブを元に回復しました。再利用の許諾条件は満たすと思うので、問題はないと思ってます(Katokt さんと連絡が取れれば話が早いのでしょうけれど)。

ついでなので、マークアップを整理したり、青空文庫形式のテキストファイルを準備させていただきました。「だ・である」と「です・ます」が混在した状態で、かなり校正を入れる必要がありそうなので、文章自体にはほぼ手直しなしでいったん公開します。挿絵は申し訳ないのだけど抜きました。

『ケンジントン公園のピーターパン』(Katokt訳)公開

  • ジェイムス・マシュー・バリ『ケンジントン公園のピーターパン』(Katokt訳)を公開しました。

まず、本文から除去してしまった Katokt さんによるあとがきを引用:

あとがき

この作品の翻訳は、まさにインターネットにピーターパンの翻訳を公開したあともらった一通のメールからはじまったのである。ピーターパンを訳しているときに、こういう作品もあるんですよというメールをFさん(本当に感謝)からいただいて、ピーターパンの翻訳と同時並行的に、協力して少しずつ訳しはじめたのがその始まり。しばらくしてお約束のように連絡が途絶えてしまったので、katoktが協力した分も含めて全て訳しなおしています。(よって本翻訳におけるすべての誤りに対し、全ての責任を負っているのはkatokt。指摘などがあればkatoukui@yahoo.co.jpへ)

作者、作品については、ピーターパンの後書きから再掲すると、ピーターパンに直接かかわるJ.M・バリ の作品は以下の3つで、本作品は最後に発表された作品となる。

1902 小さな白い鳥:バリ自身を思わせる中年の独身男を語り手とする私小説

1904 ピーターパン(戯曲、1912には小説化):ご存知の演劇、チャップリンの出演やティンカーベルの演出などいろいろなエピソードにも事欠かない

1906 ケンジントン公園のピーターパン:小さな白い鳥からピーターに関連する6つの章を抜粋

作品についてもっと詳しく知りたい方は「ピーターパン写真集」鈴木重敏、新書館なんかが、ピーターパンの演劇のエピソードもいろいろ盛り込まれていて面白いと思う。ただ、この本の説明では、ケンジントン公園のピーターパンは6つの章となっているが、実際に今回の翻訳は4章分。いったい残り2章はどこにいっちゃったんでしょう? まあ原文が手に入ったら追加することとします。

訳していてもピーターパンとのいろいろな共通点、変更点が読み取れておもしろい。興味深い変更点としては、ピーターパンが飛ぶときに本作品では強く信じれば飛べることになっているけど、ピーターパンの方では妖精の粉が必要ということになっている点などがあげられるだろうか。これは当時あまりに多くの子供が強く信じるだけで飛ぼうとして怪我をしたので、そう書き改められたということである。大変ほほえましいエピソード。

もうひとつ翻訳の強力な後押しをしてくれたものとして、Arthur Rackham の挿絵も欠かすことはできない。かなりファイルサイズも大きくはなるが、ぜひ挿絵入りバージョンで読んで欲しい。

今回は感謝を最後にもってきて、結城さん(http://www.hyuki.com/)には訳において多大なる指摘をいただきました、また青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)の富田さんも本当にありがとうございます。そしていつもながらに目を離せない山形浩生(http://www.post1.com/home/hiyori13/jindex.html)にも感謝。

これもまたオレの翻訳ではなくて、katokt さんが2000年に翻訳したものです。プロジェクト杉田玄白の正式参加テキストであり、以前は青空文庫にも登録されていたけれど、2009年頃に Not Found になってしまったようで。

せっかくの全訳がこのまま消え去ってしまうのは少々もったいないと思うので、Wayback Machine を使って 2008年10月2日のアーカイブを元に回復しました。再利用の許諾条件は満たすと思うので、問題はないと思ってます(Katokt さんと連絡が取れれば話が早いのでしょうけれど)。

ついでなので、明らかなミスタイプを修正したり、マークアップを整理したり、青空文庫形式のテキストファイルを準備させていただきました。あとまあ、手間を惜しんだ結果挿絵を抜きました。いずれなんとか。

翻訳自体には手をつけていません。Neverpedia のテキストと照らし合わせてみると、1. The Grand Tour of the Gardens と 6. Peter's Goat が欠けているみたい。そして三章と四章は順番が逆。三章の終わりがひどく唐突で、次の章へのつながりにかけると思ったら、そういうことか。

外部リンク

『ピーターパンとウェンディ』(Katokt訳)公開

  • ジェイムス・マシュー・バリ『ピーターパンとウェンディ』(Katokt訳)を公開しました。

まず、本文から除去してしまった Katokt さんによるあとがきを引用:

後書き

まずは訳の感謝から、武井さん、結城さん、枯葉さんには訳において多大なる指摘をいただきました。また訳をはじめる動機の部分においてyomoyomoさん、それからプロジェクト杉田玄白の主催者でもある山形浩生さんにも感謝します。また青空文庫の富田さんにもいろいろな指摘やご尽力をいただきました。

作品と作家についても少しだけ。

作家は自分の着想を大事にするもんだねぇ。作者のバリは、ピーターパンに関連する5冊もの本(写真集と戯曲を含む)を書いている。

1901 ブラックレイク島少年漂流記
本文なしの写真だけの本で、バリみずからも「もしこの本を買う人がいれば、多分不平を言うだろう。だが世間には本文などないほうがましな本がいくらもある」だって

1902 小さな白い鳥
バリ自身を思わせる中年の独身男を語り手とする私小説

1904 ピーターパン(戯曲)
ご存知の演劇、チャップリンの出演やティンカーベルの演出などいろいろなエピソードにも事欠かない(詳しくは参考文献を)

1906 ケンジントン公園のピーターパン
小さな白い鳥からピーターに関連する6つの章を抜粋

1912 ピーターとウェンディ
この翻訳

これらはいずれもケンジントン公園で知り合ったデイヴィス家の5兄弟(3番目の子の名前がピーター)との交流から書かれたもので、バリは生涯彼らと、病気、戦争や事故でその交流は悲劇的な色合いも帯びるが、密接な関わりを持って行くことになる。演劇などの成功で経済的にも文学的にも恵まれてはいたけれど、私生活では結婚はしたものの離婚して、子供もいなかったバリにしてみれば、その交流が心あたたまるものだったことは想像するに難くない。ピーターパンの全ての権利を小児病院に寄付しているし(その契約が有効で、本国のイギリスでは著作権の切れた今でもピーターパンはいわゆるパブリックドメインな文書ではないと思われる)本当に古きよき日のイギリス紳士といった感じである。

まあもっと詳しく知りたい方は「ピーターパン写真集」鈴木重敏、新書館なんかが、ピーターパンの演劇のエピソードもいろいろ盛り込まれていて面白いと思う。

この翻訳も作者にふさわしく、友達の子供の誕生日祝いにしてみました。まあ訳の出来はともかく、魔法のおなべから生まれたピーターパンをどうか愉しんでください。

これもまたオレの翻訳ではなくて、katokt さんが2000年に翻訳し、『ピーターパン』という題で公開したものです。プロジェクト杉田玄白の正式参加テキストであり、以前は青空文庫にも登録されていたけれど、2009年頃に Not Found になってしまったようで。

せっかくの全訳がこのまま消え去ってしまうのは少々もったいないと思うので、Wayback Machine を使って 2008年10月2日のアーカイブを元に回復しました。再利用の許諾条件は満たすと思うので、問題はないと思ってます(Katokt さんと連絡が取れれば話が早いのでしょうけれど)。

ついでなので、明らかなミスタイプを修正したり、マークアップを整理したり、青空文庫形式のテキストファイルを準備させていただきました。あと、ややこしいので題名を『ピーターパンとウェンディ』に変えています。

翻訳自体にはいまのところ手をつけきれていません。「いまのところ」というか、これについては今後語もありません。この話、個人的には苦手なんだ……。

ところで、『ピーターパン』関係は、たしか、本源国イギリスではまだ著作権が有効なので、若干取り扱いに注意が必要です。

『ジキルとハイド』(Katokt訳)公開

まず、本文から除去してしまった Katokt さんによるあとがきを引用:

あとがき

宝島にひきつづいてのスティーブンソンの代表作、ジキルとハイド。最近はジーキルなんて表記もよく見かけるけど、僕の頭の中ではすっかりジキルなわけで、こう訳しておきました。訳者の特権かな。まぁ、でも気になる方は一括置換して読んでください、なんならそれで公開してもらっても結構(版権表示とどこを変えたかを明記してくれればね)。で、こういうのがプロジェクト杉田玄白(http://www.genpaku.org/)の自由な文書の特権とかって思うんだけど、いまいち活用されていない気もするなぁ。

それにしてもジキルが善で、ハイドが悪なんて思い込んでいる人のなんて多いこと! そんなに単純に割り切れるだけの話ではないんだなぁ、これが。まあ、じっくり読んでみてください。

それにしてもハイドの犯す「悪」が今となっちゃあ、ただひたすら単純で微笑ましくさえ思えるのは、これこそ昨今の凶悪な事件や俗悪? な本の悪影響なんだろうな、たぶん。

あとはこういう変身のカテゴリーでお奨めなのは、中島敦「山月記」(http://www.aozora.gr.jp/cards/nakajima/sangetsuki2.html)、カフカ「変身」( http://mentai.2ch.net/book/kako/963/963421916.html 文体模写のスレッド)あたりでしょうか? そして枯葉さん( http://www01.u-page.so-net.ne.jp/db3/domasa/ )、青空文庫の富田さん( http://aozora.gr.jp/ )、いろいろなご指摘をありがとうございます。またネット上でいつでもどこでも見かける山形浩生とそのプロジェクト杉田玄白( http://www.genpaku.org/ )にもいつもながらにTNX!

というわけで、『宝島』に引き続き、これもまたオレの翻訳ではなくて、katokt さんが2001年に翻訳したものです。プロジェクト杉田玄白の正式参加テキストであり、以前は青空文庫にも登録されていたけれど、2009年頃に Not Found になってしまったようで。

せっかくの全訳がこのまま消え去ってしまうのは少々もったいないと思うので、Wayback Machine を使って 2009年4月6日のアーカイブを元に回復しました。再利用の許諾条件は満たすと思うので、問題はないと思ってます(Katokt さんと連絡が取れれば話が早いのでしょうけれど)。

ついでなので、明らかなミスタイプを修正したり、マークアップを整理したり、青空文庫形式のテキストファイルを準備させていただきました。

翻訳自体にはいまのところ手をつけきれていません。「いまのところ」といっても今後どうか……まあ、優先順位はやっぱりかなり低い感じ。

2012/07/05

『宝島』(Katokt訳)公開

まず、本文から除去してしまった Katokt さんによるあとがきを引用:

あとがき(2001年6月13日)

記憶にのこる読み物って確かにあって、宝島は間違いなくその一つ。どこが記憶に残るかは人それぞれで、シルバーのやりたい放題ぶりだったり、鸚鵡のフリント船長の「八分銀貨」の鳴き声だったりするかもしれないが、なんといっても一部でのジム少年の冒険ほど、読む者を有無もいわせず引き込むストーリー展開は、なかなか他では味わえないと思う。そこを過ぎると意外と作者も力がぬけて、いろいろ構成をかえたり語り手を変えたり、再びとばかりにジム少年を冒険させたりするんだけど、最初の興奮は残念ながらなかなか越えないわけだ。それでも最後まで一気に読ませる読み物であるとこは、さすがだけど。

まぁ訳す側としては、いくつか海・船用語、海賊用語でちょっと頭をひねってるくらいで量をこなした以外はあんまり苦労らしい苦労はなし。誤字脱字、誤訳の指摘は大歓迎なので、訳者までよろしく

それから感謝を、Sogoさん(http://etext.3nopage.com/)全般にいろいろなご指摘をありがとうございます。枯葉さん(http://www005.upp.so-net.ne.jp/kareha/)には序文とその他の指摘をいただきました。また青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)富田倫生さんからも数多くの指摘をいただきました。それでなんといっても、いつもながらに山形浩生(http://www.post1.com/home/hiyori13/jindex.html)にも感謝、というか宝島は、彼の主催するプロジェクト杉田玄白(http://www.genpaku.org/)の趣意書のリクエストだったわけだ。

ということで次は何を訳しましょう、Boss? なんてね(笑)

というわけで、これはオレの翻訳ではなくて、katokt さんが2001年に翻訳したものです。プロジェクト杉田玄白の正式参加テキストであり、以前は青空文庫にも登録されていたけれど、2009年頃に Not Found になってしまったようで。

せっかくの全訳がこのまま消え去ってしまうのは少々もったいないと思うので、Wayback Machine を使って 2009年4月1日のアーカイブを元に回復しました。再利用の許諾条件は満たすと思うので、問題はないと思ってます(Katokt さんと連絡が取れれば話が早いのでしょうけれど)。

ついでなので、明らかなミスタイプを修正したり(まだありそうな感じではありますが)、マークアップを整理したり、青空文庫形式のテキストファイルを準備させていただきました。あと、Hawkins がホーキンスだったりホーキンズだったりしたので、ホーキンズに統一しています。

翻訳自体にはいまのところ手をつけきれていません。「いまのところ」といっても今後どうか……まあ、優先順位はかなり低い感じ。

2012/06/20

移転計画第一段階了。

ディレクトリ構成をようやく固め、旧サイトの翻訳関係の各テキストに案内を入れる。とりあえず感たっぷりだけど、移転ステップを1つのぼった。

ディレクトリの構成はいつものことながら悩ましい。いったん作者別に別ディレクトリにしようかと思ったんだけど、やはりメンテナンスの手間が大きすぎるのでボツ。けっきょく、元の構成とあんまり変わってないかもしれない。

そして単純にファイルをコピーするだけにしておけばよいものの、ついつい訳文の手直しを入れてみたりマークアップ構成をいじってみたり、おまけ機能をつけてみたりなんてやっていると、なんだかいつまでたっても終わる気がしない状況に陥るわけで、始めが肝心というのをつくづくと感じる。まあ、今回だいぶん後々のフォローがしやすい形にできたんじゃないかと思いますけれど。

今回特に書いておくべきことは HTML 形式のファイルからえあ草紙へのリンクを作ったこと。テキストビューアはいろいろとあるのだけど、ブラウザベースで動かせるえあ草紙はすばらしいと思う。

ファイルをダウンロードして、ビューアを開いて……という手順をすっとばしてワンクリックで縦書き表示ができるわけだから、ファイルをダウンロードしたその後、どこに保存するかとか、ファイル名をどうするかとかを考えなくてすむ。

未体験の方はぜひその便利さを体験してみてくださいな。とりあえずでよければ、このサイトのトップ3アクセスを誇る『二十年後』でもどうぞ。

移転計画の次のステップは、ネット上から消えてしまっている katokt さんの翻訳を回復するという試み。katokt さんはもうネットで活動されていないようなんだけど、プロジェクト杉田玄白に参加していた以上は自由に使っていいはずだし、まあ、個人的にはそれなりに思い出のあるものが含まれているわけで。

でも相変わらずの非効率主義なので、マークアップにがしがし手を入れてしまうだろう。なにせ Frontpage で作っていらっしゃったようなので、ソースを見るとシンプルにしてやりたくてしかたがない。とりあえず『宝島』で実際に手を動かしてみる。けっこう手間はかかるか。

2009/09/06

[ぼやき] 7年を振り返って - 青空文庫をめぐる個人的なあれこれ。

旧 so-net blog から再録。

インターネット上の活動をほぼ休止してからはや7年経つ。そろそろまた何かをしたいという気持ちがうごめき始めたような気がする。けれど、インターネットの世界はずいぶん様変わりした感があって、正直ちょっと時代についていけていないようだ。

何かをはじめる前に、何がどう変わったのか、いまの自分に何ができそうなのかを知らなきゃいけない。だから、頭の中を整理する意味で、7年前に何をしていたかとか、それから変わった(あるいは、変わったように思える)こと、変わってなさそうなところをちょっとずつ書き散らしてみよう。

とりあえず最初は、7年前までの自分に大きな影響を与えた青空文庫。

はじめて青空文庫を見たのは1998年頃じゃなかったかと思う。その頃はまだまだ作品数も少なかったけれど、物語好きにとっては、夢のようなヴィジョンを抱かせるサイトだった。感動のあまり、当時まだちゃんとメンテナンスしていたリンクページに、「古代図書館」というコメントを入れて掲載したはず――記憶に間違いがなければ「テキスト系」というジャンルの最上段に入れたんじゃなかったか。

そして読者としてフリーライダーに徹すること数年。その間、Ultima Online, EverQuest といった海外のオンラインRPGにのめり込み、それらの情報サイトを運営していく中である程度の英語が読解できるようになってしまうわけだけど、あるときふと気づいてしまうわけです:自分の時間を割いて翻訳して掲載している情報が、ほんの何ヶ月、ときには何日かで無意味なものとなってしまう(どころかときには有害にすら)ことに。こう考えてしまうとオンラインRPGの情報サイトなど運営できるはずもなく、必然的にそれらのサイトの運営を停止したわけです。

ところで「小人閑居して不善をなす」とか昔の人は言ったそうで。サイトの運営を停止したことによる翻訳作業の消失にかえって幾ばくかの物足りなさを感じるようになったところで見つけたのがプロジェクト杉田玄白。青空文庫に一言申す的な姿勢は、実は、非常に気に入らなかったのだけど、趣旨としては正しいと思えた。また、古典の新訳ならそれまでやってきた翻訳と違い、価値の損耗速度が低そうだった。そして、ここを通して活動すれば青空文庫に負担をかけずに青空文庫に寄与するできると踏んだわけで。

まあ、この辺りの経緯は当時の「ぼやき部屋」のほうが詳しいので以下割愛。

その後7年。状況は、変わっているようで変わっていない。

青空文庫の永久機関の夢は、ある程度うまく実現できているようだけれど、完璧なようには思えない。相変わらず、一部特定の人たちの力量に頼るところが大きいように思える。でもそれは、青空文庫を変質させないという意味で、逆に重要なことであるようにも思える。むずかしいところ。

翻訳物の状況はどうかというと、翻訳者の著作権が切れているものが結構出始めているようだ。これはまあ、悪くはないんじゃないかと思う。ただ、素人新訳の受け皿としては、やはりかなり敷居が高そうで、2002年頃とたいして変わっていない。

ちょっと気になるのは、katokt さんの翻訳の存続が怪しい状態になっているところ。オレのことに話が飛んでしまうのだけど、実はここ7年間のうち、2002年中旬~2005年頃までは、物理的にまったくインターネットを使えない状態だったのだけど、それでも月額使用料を投じて自分の翻訳が置いてあるスペースを維持していた。額としてはたいしたものではないんだけど(300円*30月としても9,000円か)、こういった措置を翻訳者がとらなかった場合、青空文庫からは抹消されてしまうことになる。

それはそれで仕方ないのかもしれないのけれど、なにか割り切れないものを強く感じる。青空文庫とのかかわりにおいて翻訳者は「工作員」の一種というのが自分の認識なのだけど、しかしながら入力・校正の工作員と比べて、事後の個人負担が膨らんでしまうという図式が引かれてしまう。

もちろん、恒常的にインターネット上で活動していくのがいちばんいいのだけど……。自分を省みても、それはたやすいことではないし、ボランティア活動での翻訳にそこまで求めるのは結構無理があるんじゃなかろうか。

2002/05/23

ヴァージニア・ウルフ短編4編、公開

旧「謝辞:ごめんなさいとありがとう」より再録。

ウルフ「ラピンとラピノヴァ」 ウルフの(ストーリーがある)短編ではやっぱこれでしょー。Solid Object もいいけどね。『「そう呼ばれているのかい?」とアーネストは言った――「ほんとうのロザリンドは」かれは彼女を見た。かれは、自分は彼女をとても愛していると思った。』がたまらなく好き。

ウルフ「弦楽四重奏」 かなり意味不明な文章だけど、盛りあがりと盛りさがりという楽曲的な要素があって個人的には好きだったりする。「舌はただの拍子木だ」。

ウルフ「月曜日か火曜日」 題名からして意味不明な散文詩的散文。第四段落はまったく意味がなさそうなので英文のままのこした。意味はとおらなくてもリズミカルではあるし。第二段落のカッコで括られた部分は同作者の短編 Sympathy からのカットイン。

ウルフ「青と緑」 スケッチ、と呼べばよかろうか。それにしても、「インコの鋭い鳴き声」は緑色なんだろうか、と疑問に思った。感性の問題ではあろうけれども。
個人的には、緑豊かな庭から入ってきた光がシャンデリアを照らす、というイメージで訳しはじめています。で、そこからは宮沢賢治的幻燈な展開、と。

関連書籍

このセクションは再録時に追加しました。

2002/04/28

フィッツジェラルド「崩壊」公開

旧「謝辞:ごめんなさいとありがとう」より再録。

本文 「人生は崩壊のプロセスである」んだそうな。コメントは差し控えた方が若僧としては賢明な態度であろうと思われますゆえ、ノーコメント。

宮本陽吉訳(荒地出版社)は既読。

katoktさんよりお知恵を拝借。感謝。

2002/02/09

アンブローズ・ビアス「不完全火災」

旧「謝辞:ごめんなさいとありがとう」より再録。

暇つぶしにどーぞ。特に思い入れはありません。

大津栄一郎訳(岩波文庫)は既読。

katoktさんよりお知恵を拝借。感謝。

関連書籍

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2001/12/31

ホープ『ゼンダ城の虜』はしがき

まだ終わってないし、これはあとがきを書こうと思うので、いましばらくお待ちを。

katoktさんよりお知恵を拝借。感謝。

さて、いましばらくがいつのことになるのやら。

関連書籍

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2001/11/23

フィッツジェラルド『グレイト・ギャツビー』公開

旧「謝辞:ごめんなさいとありがとう」より再録。

20世紀を代表する大傑作。でも最後までやれるのか? というかそもそもオレにこれがやれるのか? いざ翻訳してみるとフィッツジェラルドの文章って異様に "as if..." が多いね。1段落に2回も使うなよ。でも "yellow of autumn-leaf" という表現は好きだな。さすが「ジャズ・エイジの桂冠詩人」。

katoktさん、Takachinさん、結城浩さん、sogoさん、富田倫生さんよりお知恵を拝借。感謝。

野崎孝訳(集英社文庫)の影響はそれなりにあります。

関連書籍

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もしかするとこれはすでに絶版かもしれない。

2001/09/22

オー・ヘンリー「警官と賛美歌」公開

旧「謝辞:ごめんなさいとありがとう」より再録。

これまた軽い読み物として。「お巡りと賛美歌」のほうがよかったかな。

大久保康雄訳(新潮文庫)の影響はあるかも。

何故にこれを選んで訳したんだっけ。失念。

結城浩さんよりお知恵を拝借。感謝。

関連書籍

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2001/08/17

トルーマン「アメリカ大統領声明:1945年8月6日」公開

うー、終戦記念日には間に合わせたかった……。マイナーな演説っていうか声明だけど、でも、歴史的な意義はけっして小さくないと思う。sogoさんの某論文で、著作権が期間的に切れてない作品数をひとつも訳してないというのを指摘されたもんだから、とりあえず1個やってみたってのも動機のひとつ。

PAL MACさんよりお知恵を拝借。感謝。

2001/07/12

ビアス『悪魔の辞典』、散文訳了

旧「謝辞:ごめんなさいとありがとう」より再録。

文筆家ビアスの集大成。

1年の苦労実ってついに完成。ただ、訳注などの不備がまだまだ山ほどあるし、ぼつぼつバージョンアップしていきます。

「あとがき」は書くつもりでいるけれど、いつになるかなあ。

某氏および結城浩さん、DASUTOさん、fixxさんよりお知恵を拝借。感謝。

それから、勝手に利用させて頂いている電網聖書にも深い感謝を。

奥田俊介+倉本護+猪狩博共訳(角川文庫)、西川正身訳(岩波文庫)には一通り目を通しております。あと、郡司利男訳(こびあん書房)も若干見た(これは手元にないんで……)。

関連書籍

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こびあん版はすでに絶版のはず。これがこの中ではいちばんよくできてると思うんだけどね。

2001/07/07

オー・ヘンリー「ハーレムの悲劇」公開

旧「謝辞:ごめんなさいとありがとう」より再録。

ま、軽い読み物として。ハーレムっつっても酒池肉林なやつではなくて、ニューヨークの地名ね。念のため。O・ヘンリーは短いわりに訳すのはけっこう面倒だなあ。大久保康雄訳(新潮文庫)の影響はあるかも。

KTさんよりお知恵を拝借。感謝。

関連書籍

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2001/06/29

オー・ヘンリー「二十年後」公開

旧「謝辞:ごめんなさいとありがとう」より再録。

「ギャツビー」ばかりやってたら間が開いてしまったんで、とりあえずそこを埋めたかっただけともいう。大久保康雄訳(新潮文庫)の影響はあるかも。中学校の教科書にも出てきてたような気がするけど、もう覚えてないからそっちの影響はないと断言いたします。

結城浩さんよりお知恵を拝借。感謝。

関連書籍

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2001/05/10

ジャック・ロンドン「火を起こす」、公開

旧「謝辞:ごめんなさいとありがとう」より再録。

「影と光」でロンドンを初めて読んだという人が多かったらしく、ロンドンがああいうのを書いていた人だと思われたら困るな、というかべつにオレは困りもしないんだけど、いろいろ(その人にとって)不都合なことになりそうな気もしないではなかったので、精読をかねてロンドンの代表的短編をやることにした。「焚火」という邦題で有名な、モームの小説百選にも選ばれているやつ。ちょっとアラスカの気候風土が分からなかった、というかアラスカどころでなく雪というもの自体が身近にあるわけではない(当方3センチの積雪で交通麻痺する南国生まれの南国育ち)ため、あんまり出来はよくないかと思います。はっきりいって、全編にわたりオレが雪の世界に抱いている虚像にまみれているんじゃないかと。でも実際よく分からなくって。寒いと手を体に叩きつけるものなの? 題名については……「焚火」で通そうかどうか迷ったんだけど、やっぱり動詞でないとだめだと思う。この小説の本質は「何が起きるか」ではなく「何をするか」だと思うから。だからといって「焚き火をする」じゃのどかすぎるし。

不明部分を調べてみるとネイティブの間でも分からんという話題になってた。cross a wide flat of nigger-head っていうところ。しかも結論が「当時の North People に使われていたスラングで、なんつーかこう、木の幹とか根とかがうじゃうじゃ絡まっているみたいな場所? そんな感じ。でもリソース失念」とかだった。とほほ。

ちなみに翻訳元のテキストは 1908年発表の 2nd Version。既訳は読んだことがないんで、日本ではどっちが有名なのか知らないけど、1902年発表の 1st Version はけっこう話が違う。個人的には 2nd Version のほうがよいと思う。

結城浩さんよりお知恵を拝借。感謝。

2001/04/17

オー・ヘンリー「シャムロック・ジョーンズの冒険」、公開

旧「謝辞:ごめんなさいとありがとう」より再録。

予告どおり。O・ヘンリーによるホームズのパロディ。パスティッシュとは言えない、と思う。はっきり言ってジョーンズの推理はかなり無茶(というか、O・ヘンリーも無茶を承知で楽しんでるみたい)だけど本家の推理にも「そんな無茶な!」と言いたくなるのががなきにしもあらず。そういう意味で、実は結構正統派のパロディではないかと思いました。に、しても「僕には何かもっと強力なやつが必要だ」って……あなたもけっこう好きだったのですね。

結城浩さんよりお知恵を拝借。感謝。

2001/04/08

ディケンズ「奇妙な依頼人」公開

旧「謝辞:ごめんなさいとありがとう」より再録。

「ミルヴァートン」に出てきた関係で Pickwick Papers を読んでたら見つけたお話。岩波文庫の「ディケンズ短篇集」を真似して短編として切り出してみました。www.toritate.com で言及されてなかったらさらっと読んでおしまい、だっただろうな。小池滋訳(岩波文庫)は既読。

katoktさんよりお知恵を拝借。感謝。

関連書籍

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